新刊紹介『刑事司法記録の保存と閲覧』〔龍谷大学社会科学研究所叢書〕(日本評論社、2023年2月)

『刑事司法記録の保存と閲覧』〔龍谷大学社会科学研究所叢書〕(日本評論社、2023年3月)

研究代表・石塚伸一 (刑事司法未来代表理事・龍谷大学法学部教授)

本書は刑事確定訴訟記録の保存と閲覧、團藤重光文庫研究、最高裁大逆事件研究を柱に刑事司法資料の保存と閲覧の市民的権利を説く。

【はじめに】 本書は、龍谷大学社会科学研究所指定研究「未公開刑事記録の保存と公開についての綜合的研究~4大逆事件関連記録の発見を端緒として」(2019〜2022年度)の成果である。研究期間のはじめから、新型コロナウイルスの流行という研究環境の下で研究会の開催も思うに任せず、企画していた調査も進めることができなかった。ようやく2年目からはリモートでの研究会を始めるとともに、できるだけ対面開催に努めた。対面の研究会では議論が白熱する。関心を共有する研究者や実務家が議論の交わすことで、共通認識か形作られ、新たな発想が生まれる。そんなことを繰り返す地味な作業が共同研究だと思う。コロナはこれを打ち砕いた。大学のご配慮で1年間研究期間を延長し、4年目の今年、計画通り成果をまとめ本書を出版することになった。

【本書の構成】 序章「未公開刑事記録との出会い」(石塚伸一)では、わたしたちが刑事未公開記録の保存と公開についての研究を始めた経緯と活動について紹介した。本編は4章で構成されている。第1章「未公開刑事記録の保存と公開」は、本研究の総論である。「日本の近代化過程における司法省史料」(畠山亮)、「公文書管理における司法文書の意義」(瀬畑源)、「最高裁「大逆事件」記録の歴史学的意義」(山泉進)および「大学におけるアーカイブズの意義」(太田宗司)の4つの論文で構成されている。

3つのユニットの研究テーマには、それぞれ歴史と経緯がある。

【刑事確定訴訟記録公開の意義】 第2章は、「刑事確定訴訟記録研究の意義〜民主主義に不可欠」(福島至)、「司法記録としての訴訟記録」(塚原英治)、「刑事確定訴訟記録の閲覧と社会学」(大貫挙学)および「刑事確定訴訟記録法の現代的課題」(西本成文)の4つの論文で構成される。

刑事確定訴訟記録の保存と閲覧は、1995年にはじまる福島至と石塚伸一の「闘い」の成果である。当時、検察庁は、死刑記録は法務大臣の執行命令を検討するための資料であり、法務省本省に送っているので閲覧はできないと公言した。刑事訴訟法は、何人も確定後は閲覧できる(53条)と規定している。そこで、わたしは、死刑記録の閲覧を求める準抗告訴訟を提起した。最終的に最高裁は、閲覧を認め全記録を閲覧した。福島は龍谷大学を拠点に研究会を立ち上げて裁判を支援してくれた。福島至『コンメンタール刑事確定訴訟記録法』(現代人文社、1999年)は、研究者と実務家による唯一の実践的注釈書である。福島の招聘に応えて、1998年に石塚、2000年に村井敏邦が龍谷大学に移籍し、龍谷大学法情報研究会を立ち上げた。多くの方の協力を得て龍谷大学は、法情報・法教育の分野の研究の拠点になった。

團藤文庫公開の意義】 第3章は、刑法学・刑事訴訟法学分野の碩学にし、最高裁判所判事、そして退官後に死刑廃止運動に献身された故團藤重光先生の遺贈図書・資料の調査の調査から得られた成果をまとめた論文で構成される。それぞれ「死刑廃止論」(古川原明子)、「人格責任論」(玄守道)、「監獄法改正の連続と不連続」(兒玉圭司)、「占領期の刑訴法改正」(出口雄一)そして「団藤刑訴法学の外地法への影響」(岡崎まゆみ)に関する論文である。

団藤先生の蔵書や資料の受贈については、文部科学省学術フロンティアセンター(AFC)として龍谷大学矯正・保護研究センター(2002〜2009年度・現「矯正・保護総合センター」)を開設する段階で貴重図書室の青写真を描いた。紆余曲折があり、多くの人たちの努力で2010年頃から資料が搬入され始め、整理が進んでいる。膨大な資料の整理と保存そして公開に至るまでには、未だ多くの支援が必要であろう。

【大逆事件記録公開の意義】 第4章は、副題にもあるように今回の指定研究の端緒となった最高裁所蔵の4大逆事件記録に関する調査研究である。周知のように幸徳秋水らは1910年大逆罪の嫌疑で司直の手によって身体を拘束され、大審院における密室裁判によって、1911(明治44)年1月18日に24名に死刑、2人に有期刑の判決が言い渡された。1週間後の同月24・25の両日、12名の死刑が執行された。

1960(昭和35)年、「大逆事件の真実をあきらかにする会」が発足し、翌年には再審の機運が高まり、2人の請求人による裁判が始まった。森永英三郎の献身的弁護活動によって司法に再考を迫ったが、1967年7月、最高裁は免訴を理由に再審請求を棄却した。2011年2月、東京駅八重洲口近くの貸会議室で準備会を行い、その後は東京の明治大学と京都の龍谷大学で、二度目の再審の可能性を探り始めた。研究会は50回を超えた。数年前、刑事確定訴訟記録法研究会の資料を見返していて最高裁に大逆事件など、戦前の政治的重大事件の記録が保管されていることを思い出した。まずは閲覧してみようということになり、少数の研究者で閲覧を申し入れたところ、猛暑の2018年夏、隼町の最高裁判所で4事件の記録を閲覧することができた。

汚名を晴らし、歴史の真実を明らかにする再審に期限はない。しかし、司法に判断を求めるためには、証拠が必要である。その際、刑事記録はその幹をなす。新しい枝や葉(新規性)を見つけ出しても、幹を揺るがす(明白性)までには、法理論による剪定が必要である。この10年余り、刑法典から削除されてしまった「第73条」という亡霊を追い求めてきたがは、朧気(おぼろげ)ながらその後ろ姿が見えてきている。

本章は、幸徳秋水大逆事件にまつわる「記録とその歴史的意義」(大岩川嫩)、「膨大な供述の最新技術による分析」(山田早紀)、「幸徳事件が歴史的傷跡と市民運動」(田中伸尚)、「再審請求に向けての法的課題」(金子武嗣・橋口直太)、「浜田方式による大逆事件の供述分析」(浜田寿美夫)そして「再審請求の法理論的可能性」(石塚伸一)の6つの論文で構成されている。

【もくじ】 3つのグループがそれぞれ進めてきた共同研究をこの3年間余に集中的研究によって論文にまとめていただいた。すでに述べたように3つのユニットの調査研究は、刑事司法記録の保存と公開は、市民の、市民による、市民のための刑事司法を実現するための公準(Postulat)である。3つのユニットは相互に連携し、研究者と協力者は互いに刺激し合いながら、本書をまとめ上げた。以下にその目次を示す。

【論文一覧】

はじめに(石塚 伸一)
現代への問題提起の書(村井 敏邦)

序 章 未公開刑事記録との出会い――人と事件をたどる旅
石塚 伸一
第1章 未公開刑事記録の保存と公開
[1]明治初期日本の司法制度における近代と前近代
――広義の司法資料からの考察・序論
畠山 亮
[2]公文書管理法と司法文書の利用
瀬畑 源
[3]大逆事件裁判「特別保存」(最高裁判所所蔵)記録の概要
山泉 進
[4]認証アーキビスト制度の現在地と課題
――制度化の経過と認証要件・手続を中心に
太田 宗志

第2章 刑事確定訴訟記録公開の意義
[1] 刑事確定訴訟記録研究と実践の意義
――民主主義に不可欠
福島 至
[2] 史料・資料としての裁判記録
塚原 英治
[3]刑事確定訴訟記録閲覧と学術研究
――社会学を研究する立場からの現状批判――
大貫 挙学

第3章 団藤文庫公開の意義
[1]『死刑廃止論』第5版から第6版、そして第7版へ
古川原 明子
Ⅰ はじめに
Ⅱ 『死刑廃止論』第5版から第6版へ――改訂用第5版その1から
Ⅲ 『死刑廃止論』幻の第6版?――改訂用第5版その2から
Ⅳ 『死刑廃止論』第7版を想う――改訂用第6版への書き込み
Ⅴ おわりに
[2]団藤重光の人格責任論の淵源
――アドルフ・レンツの生物学的責任論の意義と課題
玄 守道
[3]1940年代後半の監獄法改正作業にみる戦前戦後の接続
――立法資料から読み解く「中間的処遇」と「代用監獄」
兒玉 圭司
[4]團藤重光とアルフレッド・C・オプラー
――團藤文庫所蔵資料から
出口 雄一
[5]團藤重光と外地法
――蒙古聯合自治政府の刑事訴訟法改正草案をめぐって
岡崎 まゆみ

第4章 大逆事件記録公開の意義
[1]「幸徳秋水等大逆事件」記録の歴史的意義
大岩川 嫩
[2]大逆事件再審請求におけるKTH CUBEシステムを用いた供述分析の可能性
山田 早紀
[3]世紀を跨ぎ越して生きてある「大逆事件」
――研究と市民運動の「行き来」から
田中 伸尚
[4]大逆事件の二つの裁判
――大審院裁判と再審請求裁判――
金子 武嗣・橋口 直太
[5]「幸徳事件」と供述分析
――供述の起源を洗い出す
浜田 寿美男
Ⅰ はじめに
[6]彷徨える大逆罪
――幸徳秋水大逆事件第2次再審請求の可能性について
石塚 伸一
おわりに(畠山亮)

是非、熟読含味していただきたい。

2023年2月 石塚伸一

 

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